2026.07.11

私たちは「記録のプロ」ではなく「ケアのプロ」である

シリーズ「ケアの現場のAI最前線」 第1回

「時間の余裕」が、明日への「温かなケア」を創る

「今日、利用者さんとちゃんと話せましたか?」

この問いに、迷いなく「はい」と答えられる日が、どれくらいあるでしょうか。

訪問と訪問のあいだの車の中で記録を打ち、事業所に戻ってから加算の要件を確認し、休憩時間に会議の議事録をまとめる。気づけば一日が終わっている──。介護・福祉の現場で働く多くの方が、心当たりのある光景ではないでしょうか。

私たちは、記録を書くためにこの仕事を選んだわけではありません。

この記事について

株式会社アイランドケアは、福岡市で訪問看護・訪問介護・居宅介護支援・療養通所介護を運営しています。当社の中川路 匠(取締役/一般社団法人全国介護事業者連盟 障がい福祉事業部会 福岡県支部 副支部長)は、同業の事業者向けに「AIを現場に活かす」というテーマで講演を行いました。

このシリーズ「ケアの現場のAI最前線」では、その講演内容をもとに、介護・福祉の現場でAIをどう使うかを全6回に分けてお伝えします。ツールの操作方法から入るのではなく、まず「なぜ今なのか」から始めます。

目次

  1. 数字が示す、待ったなしの現実
  2. 改定のたびに増えていく、事務という仕事
  3. 洗濯機も、インターネットも、最初は「ぜいたく品」だった
  4. AIは「代わりにやるもの」ではなく「支えるもの」
  5. 目的は時短ではない

1. 数字が示す、待ったなしの現実

厚生労働省が第9期介護保険事業計画に基づいて公表した推計によると、必要な介護職員数は次のとおりです。

年度 必要な介護職員数 2022年度からの増加
2022年度(実績) 約215万人
2026年度(今年度) 約240万人 +約25万人
2040年度 約272万人 +約57万人

注目していただきたいのは、2040年度ではなく2026年度です。約240万人が必要とされているのは、遠い未来ではなく「今年」の話です。

そして、人口減少はこれから本格化します。人が採れないまま生産性が下がれば、賃金は上がらず、業界そのものが選ばれなくなる。これは業界の衰退に直結します。

だからAIは、「意識の高い事業所が試す便利ツール」ではありません。生活水準を維持するための、数少ない手段のひとつだと私たちは考えています。

2. 改定のたびに増えていく、事務という仕事

報酬改定のたびに、加算の要件が増え、確認すべき書類が増え、残すべき記録が増えます。虐待防止、身体拘束適正化、BCP、感染症対策、送迎の安全装置、処遇改善──どれも必要なものです。必要なものだからこそ、減りません。

ここで、あらためて確認しておきたいことがあります。厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署が公表しているパンフレット「介護労働者の労働条件の確保・改善のポイント」には、こう明記されています。

労働時間とは、使用者の指揮監督の下にある時間をいい、介護サービスを提供している時間に限るものではありません。

そして、労働時間として適正に把握すべきものとして、次が具体的に挙げられています。

  • 交替制勤務における引継ぎ時間
  • 業務報告書等の作成時間
  • 利用者へのサービスに係る打ち合わせ、会議の時間
  • 施設行事等の時間とその準備時間
  • 研修時間
  • (訪問系)移動時間・待機時間

つまり、記録も、会議も、移動も、待機も、すべて「仕事」です。「サービスに直接従事した時間以外の労働時間も通算して賃金を算定してください」とまで書かれています。当たり前のようでいて、この当たり前が、私たちの労働時間をどれだけ占めているかを、私たちはあまり正確に把握していません。

では、その「直接支援以外の時間」は、どれくらいあるのでしょうか。

訪問介護を対象にした研究があります。京都府立大学の坪井良史氏が愛媛県A市で行った調査(2015年)では、移動・待機・報告書作成といった付帯労働時間が、全労働時間の約40%を占めるという結果が出ました。

サービス提供にかかる総時間が60分だとすると

約24分が付帯労働時間
実際に利用者さんと向き合っているのは、約36分

さらにその付帯時間の内訳は、移動時間が約60%、記録時間が約30%。この2つだけで、付帯時間の約9割を占めていました。

働いている時間の4割が、直接支援の外側にある──。この数字を前に、「もっと頑張ろう」と言うのは、もう限界だと思います。

厚生労働省も現在、介護分野の生産性向上を政策として進め、タイムスタディ(業務量調査)による業務時間の「見える化」を推奨しています。まず測ること。話はそこからです。

そして厄介なのは、その記録業務の多くが「隙間時間」で行われていることです。

  • 移動の合間、休憩の合間に少しずつ書く
  • 集中が途切れ、思い出しながら書く
  • 中断と再開を繰り返すため、精神的な負担が大きい
  • 結果として、書き漏れ・書き間違いのリスクが高まる

ここで、もう一度立ち止まりたいのです。

私たちは「記録のプロ」ではなく、
「ケアのプロ」です。

記録は大切です。法令上も必要です。しかし、記録が上手いことが専門性なのではありません。目の前の人の変化に気づき、その人らしい暮らしを支えることが、私たちの専門性です。

3. 洗濯機も、インターネットも、最初は「ぜいたく品」だった

「AIに頼ると、人間の力が衰えるのではないか」
「ケアの現場に機械を持ち込むのは、冷たいのではないか」

こうした戸惑いは、当然のものだと思います。ただ、私たちはこれまでにも同じ議論をしてきました。

道具 当時、言われたこと 実際に起きたこと
洗濯機のイラスト洗濯機 「手を抜く道具」
「ぜいたく品」
家事の時間が解放され、女性の社会進出を後押し。子育て・会話・教育に関われる余裕が生まれた
ビデオ通話で家族とつながるイラストインターネット 「依存する」
「人間関係が希薄になる」
遠く離れていても関係が続き、日常的な対話がむしろ増えた

洗濯機は、登場した当時「手を抜く道具」「ぜいたく品」と言われていたそうです。インターネットもまた、「依存する」「人間関係が希薄になる」と言われました。

道具そのものが、人を冷たくするわけではありません。その道具で生まれた時間を、何に使うか。問われているのは、いつもそこです。

4. AIは「代わりにやるもの」ではなく「支えるもの」

ここは、このシリーズを通じて何度もお伝えすることになります。

AIは答えらしきものを出すことはできます。しかし、何を考えるべきかを決めるのは人間です。

  • この利用者さんにとって、本当に大事なことは何か
  • この家族の言葉の裏に、どんな不安があるのか
  • この計画は、その人の「なりたい姿」に向かっているのか

これらはAIには決められません。だからこそ、最終判断は必ず人間が行う。この原則を外した瞬間に、AI活用は目的を見失います。

とくに個別支援計画や看護計画のような、一人ひとりに向き合うべき書類をAIで「量産」してしまうと、その人らしさや尊厳を奪いかねません。この点はシリーズ第5回で詳しく扱います。

また、AIに利用者さんの個人情報を入力してよいのかという問題もあります。結論から言えば、無料版への個人情報の入力は原則NGです。この理由と、事業所として決めておくべきルールは第3回でお伝えします。

5. 目的は時短ではない

AI活用の目的は、「早く終わらせること」ではありません。

記録や調査にかかる時間を減らす。その結果として生まれた時間で、もう5分、利用者さんの話を聴く。スタッフが疲れ切らずに翌日を迎える。事例をチームで振り返る余裕が生まれる。

「時間の余裕」が、
明日への「温かなケア」を創る。

これが、私たちがAIに向き合う理由のすべてです。効率化それ自体には、何の価値もありません。生まれた時間を人に向けて使えたときに、はじめて意味が生まれます。

まとめ

  • ✅ 必要な介護職員数は2026年度(今年度)で約240万人。人手不足は「これから」ではなく「今」の問題
  • ✅ 記録・会議・移動・待機も、厚労省が明示するれっきとした労働時間
  • ✅ 訪問介護では付帯労働時間が全労働時間の約40%(うち移動6割・記録3割)という研究結果もある
  • ✅ けれど私たちは「記録のプロ」ではなく「ケアのプロ」である
  • ✅ AIは代替ではなく支援。最終判断は必ず人間が行う
  • ✅ 目的は時短ではない。生まれた時間を、人に向けるために使う

まずは、ひとつだけで構いません。現場で使ってみてください。次回は、多くの方が最初に迷う「ChatGPTとGemini、どちらを使えばいいのか」を、介護現場での使い分けという視点で整理します。

次回予告|シリーズ「ケアの現場のAI最前線」第2回

ChatGPTとGemini、どっちを使う?介護現場の使い分け

事業所の方へ

「AIを入れたいが、何から手をつければいいか分からない」
「導入したものの、現場で使われずに終わってしまった」

アイランドケアでは、自らの現場でAIを使いはじめており、システム面では社内ポータル・チャットボット・マニュアル整備までを実践しています。同じ悩みを持つ事業者の皆さまへ、その経験をお伝えしています。

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出典・参考資料

  • 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「介護労働者の労働条件の確保・改善のポイント」
  • 坪井良史「訪問介護における付帯労働時間についての研究 ─愛媛県A市の調査から─」京都府立大学学術報告(公共政策)第7号、2015年12月
  • 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html
  • 厚生労働省「介護分野における生産性向上の取組の進め方」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei-elearning.html
  • 中川路 匠「AIを現場に活かす」(一般社団法人全国介護事業者連盟 障がい福祉事業部会 福岡県支部)
  • イラスト:イラストAC(洗濯機/しら菊、オンライン帰省/松本松子)