2026.07.15

「医学モデル」から「生活モデル」へ|新人訪問看護師が“ゆらぐ”理由

シリーズ「訪問看護の管理者ノート」 第2回

病棟のプロが在宅で戸惑うのは、視点が変わる途中だから

「自分は看護ができていないのでは」

病棟では自信を持ってケアできていた看護師が、訪問看護に移ったとたん、そう感じ始める——。

これは、めずらしいことではありません。むしろ、多くの新人訪問看護師が通る道です。そして、それは能力が足りないからではありません。見ている「モデル」が切り替わる途中だから起きる、自然な”ゆらぎ”なのです。

この記事について

シリーズ「訪問看護の管理者ノート」第2回。第1回では、法制度から管理者の6つの役割を読み解きました。今回は、その中でも「質の管理」の核心——新人訪問看護師の育成に踏み込みます。

管理者にとって、なぜスタッフが戸惑うのかを理解することは、質の管理そのものです。この記事は、病棟から訪問看護への転職を考えている方にも、育成する立場の方にも読んでいただきたい内容です。

目次

  1. 医学モデルと生活モデル
  2. 新人は“ゆらぐ”——研究でわかっていること
  3. 「ゆらぎ」が起きた2つの場面
  4. 熟練者はどう動くか——訪問看護師は「伴走者」
  5. ゆらぎを専門性に変えるのは、管理者と先輩
  6. まとめ

1. 医学モデルと生活モデル

看護には、大きく2つの「ものの見方」があります。

医学モデル 生活モデル
主な舞台 急性期病院 地域・自宅
手法 問題の特定と解決 エンパワメント(力を引き出す)
問いの立て方 何が原因か/どう介入するか この人はどう暮らしたいか

急性期病院のケアは、医学モデルでこなせる場面が多くあります。原因を特定し、介入する。看護師が主導し、問題を解決していく。

しかし、地域社会全体が舞台になる訪問看護では、生活モデルが重要になります。問題を特定して解決するのではなく、その人がその人らしく暮らす力を引き出す(エンパワメント)。この転換こそが、訪問看護に転職した看護師が感じる”ゆらぎ”の正体です。

「訪問看護師がつまずく時は、だいたい問題解決型の介入をしている時」

2. 新人は“ゆらぐ”——研究でわかっていること

多くの看護師は、病棟を経験してから訪問看護師になります。ここで大きく変わるのが、立場です。

病院では、看護師がホスト、患者がゲスト。けれど自宅では、利用者がホストで、看護師はゲスト。立場が逆転します。利用者の生活の場にお邪魔してケアを提供する——この構造の変化が、さまざまな戸惑いを生みます。

研究によって、新任者が”ゆらぐ”要素は次の4つに整理されています。

  • ✅ 利用者によって提供することが異なる、個別性の強さへの不慣れ
  • ✅ 一人で訪問し、看護をやり終えることの不安
  • ✅ 利用者・家族との適切な距離の取り方における混乱
  • ✅ 利用者中心の看護へシフトすることで起こる、戸惑いや空回り

大切なのは、これらは「弱さ」ではないということです。病棟で優秀だった人ほど、医学モデルが身についているぶん、生活モデルへの切り替えに戸惑うことがあります。ゆらぎは、専門性が育つ途中に必ず現れるサインなのです。

3. 「ゆらぎ」が起きた2つの場面

訪問看護の人材育成をテーマにした講演(中村順子氏・福岡市訪問看護連絡協議会)では、この「モデルの不足」を示す2つの事例が紹介されました(いずれも他事業所の例・要点のみ)。

医学モデルが不足していた例:ストーマのサイズが合っていないことを見立てられず、漏れが頻発。緊急訪問が重なり、利用者に経済的な負担がかかってしまった。→ 原因の特定・アセスメントという医学モデルの視点が届いていなかった。

生活モデルが不足していた例:看取りが近づき、家族が呼吸の変化に不安になって電話したところ、「今は訪問してもやることはありません。呼吸が停止したら連絡してください」と返され、家族が長くモヤモヤを抱えた。→ 医学的には正しくても、家族の不安に寄り添うエンパワメントが欠けていた。

どちらも、看護師個人を責める話ではありません。医学と生活、両方の視点が必要だということを、これらの場面は教えてくれます。

4. 熟練者はどう動くか——訪問看護師は「伴走者」

では、生活モデルが身についた熟練の訪問看護師は、どう動いているのでしょうか。

  • 利用者が主役であることを知って、生活を支える
  • 利用者・家族へ安心を提供する
  • さまざまな家族のありようを受け止める
  • チームの一員として働く
  • 自分で判断できないところがわかり、それを伝える

最後の一つは、特に大切です。「一人で抱え込まない」こと。訪問看護師は一人で訪問しますが、看護は一人でするものではありません。訪問看護師は、利用者の人生の伴走者であり、チームで看護を提供する。これが、ゆらぎを越えた先にある姿です。

5. ゆらぎを専門性に変えるのは、管理者と先輩

新人のゆらぎを放置すれば、離職につながります。逆に、そこに伴走する仕組みがあれば、ゆらぎは専門性に育ちます。

その手段が、事例検討とリフレクション(内省)です。経験を振り返り、教訓を引き出し、次に応用する。この経験学習のサイクルを、時間内に、チームで回す。医学と生活という2つのモデルを高い次元で融合させること——それこそが、訪問看護独自の専門性です。

管理者の仕事は、新人を一人にしないこと。ゆらいでいるスタッフに「それは誰もが通る道だよ」と伝えられること。それが、質の管理の土台になります。

6. まとめ

  • ✅ 訪問看護では、問題解決の「医学モデル」から、力を引き出す「生活モデル」への転換が求められる
  • ✅ 自宅では利用者がホスト、看護師はゲスト。立場の逆転が“ゆらぎ”を生む
  • ✅ ゆらぎの4要素(個別性・一人訪問・家族との距離・利用者中心)は、弱さではなく成長の途中のサイン
  • ✅ 訪問看護師は「伴走者」。一人で抱え込まず、チームで看護を提供する
  • ✅ 事例検討とリフレクションが、ゆらぎを専門性に変える

次回予告|シリーズ「訪問看護の管理者ノート」第3回

苦情は「クレーマー」ではなく利用者からのメッセージ

◀ 前の記事第1回 訪問看護の管理者は何をする人?

次の記事 ▶第3回 苦情は「クレーマー」ではなく利用者からのメッセージ(近日公開)

シリーズ「訪問看護の管理者ノート」(全5回)

  1. 訪問看護の管理者は何をする人?法制度で読み解く6つの役割
  2. 「医学モデル」から「生活モデル」へ——新人訪問看護師が“ゆらぐ”理由(この記事)
  3. 苦情は「クレーマー」ではなく利用者からのメッセージ
  4. 事故が起きたとき——「謝罪」と「共感の表明」
  5. 自己犠牲では続かない——「活私利他」という私たちの経営理念

病棟から訪問看護へ、転職を考えている方へ

「病棟経験しかない自分に、訪問看護がつとまるだろうか」——その不安は、多くの先輩も通ってきた道です。レスピケアナース(福岡市南区)では、新任者のリフレクションや事例検討会を勤務時間内に行い、ゆらぎに伴走する体制を整えています。

見学・ご相談は、いつでもお気軽にどうぞ。

お問い合わせはこちら

出典・参考資料

  • 中村順子「訪問看護における人材育成~スタッフを活かし・育てる管理者や訪問看護師のかかわり~」福岡市訪問看護連絡協議会 特別セミナー、2026年3月14日
  • 日本訪問看護財団監修『訪問看護ステーションの顧客管理と人材管理・育成』日本看護協会出版会、2023年
  • 松尾睦・築部卓郎『看護師・医師を育てる経験学習支援』医学書院、2023年
  • 山田真理子「訪問看護ステーションの管理者の役割」(株式会社アイランドケア 常務取締役/在宅看護専門看護師)