2026.07.26

苦情は「クレーマー」ではなく利用者からのメッセージ

シリーズ「訪問看護の管理者ノート」 第3回

「不満」の奥にある本当の欲求を聴く

「あの利用者さん、また何か言ってきた」

苦情が続くと、つい「クレーマー」という言葉が頭をよぎります。けれど、その一言で片づけてしまうと、大切なものを見落とします。

苦情は、利用者からのメッセージです。攻撃ではなく、「本当はこうしてほしい」という願いが、不満というかたちで届いているだけなのです。

この記事について

シリーズ「訪問看護の管理者ノート」第3回。前回までで、管理者の6つの役割と、新人が“ゆらぐ”理由を見てきました。今回は、現場で誰もが避けたい——けれど避けて通れない「苦情対応」を扱います。

苦情への向き合い方は、事業所の質そのものです。管理者にとって、苦情を「困りごと」で終わらせず「サービス向上のヒント」に変える仕組みづくりは、質の管理の中核にあります。

目次

  1. 苦情はなぜ生まれるのか
  2. 「苦情」と「クレーム」は違う
  3. まず「聴く」——苦情対応の3原則
  4. やってはいけない5つのこと
  5. 「クレーマー」の奥にある背景を読む
  6. 管理者の役割——苦情を「仕組み」で受け止める
  7. まとめ

1. 苦情はなぜ生まれるのか

苦情は、必ずしも法令違反や契約違反から生まれるわけではありません。多くは、利用者の「期待」と「現実」の食い違いから生まれます。

状態 結果
期待した水準 ≦ 実際に得たもの 満足
期待した水準 > 実際に得たもの 不満・不快 → 苦情 → クレーム

だからこそ、防ぐ第一歩は「説明」です。訪問看護で提供する内容や、期待できる結果を、できるだけ平易に、明瞭に説明し、理解を得ながらサービスを提供する。ここが噛み合っていないと、どんなに良いケアをしていても不満は生まれます。

2. 「苦情」と「クレーム」は違う

現場では混同されがちですが、この2つは求めているものが違います。

  • 苦情:心理的な補償を求めるもの。不満な状況の理解と共感、謝罪、説明を求めている
  • クレーム:実質的な補償を求めるもの。弁償(返金・費用負担など)や代償(取り替え・代替提供など)を求めている

多くの「苦情」は、お金や物ではなく、「わかってほしい」という気持ちです。ここを取り違えて、いきなり解決策や弁償の話をすると、かえってこじれます。

3. まず「聴く」——苦情対応の3原則

苦情対応の出発点は、解決策ではなく傾聴です。

  • 話に耳を傾ける:逃げない、言い訳をしない、最後まで聴く
  • 相手の状況を判断する:相手が置かれている状況の情報を集める
  • どうして欲しいのかを探る:相手の立場に立ち、本当の欲求を理解する

そのうえで、対応の流れはこうなります。まず謝り、状況を理解するために徹底的に聴く。相手の状況や感情に共感し、把握した状況に応じて具体的に謝る。状況を説明し、必要に応じて対応策を提案する。合意を引き出し、感謝を述べ、再発防止への姿勢を伝える。

要求に応えられない場合もあります。そのときは、相手の不満や欲求そのものは否定せず、応えられないことをきちんと伝える。曖昧な態度を取らないことが、かえって信頼につながります。

4. やってはいけない5つのこと

良かれと思った対応が、火に油を注ぐことがあります。

  1. 軽視しない:「あまり怒っていないから」「軽そうだから」と対応を変えない。一貫した対応を
  2. 担当者探しをしない:「先週の看護師がそう言いましたか?」ではなく、まず混乱させたことを謝る
  3. 感情的にならない:相手につられてヒートアップすると、意地の張り合いになる。平常心で
  4. 人任せにしない:「担当ではないので」と逃げず、自ら問題を解決しようとする姿勢を見せる
  5. 曖昧な返答をしない:知っている範囲での曖昧な回答は、後で食い違うと信頼を失う

「それは違います」「そうは言いますが」「たぶん…」といった言葉は、相手を否定・疑っている印象を与える禁句です。

5. 「クレーマー」の奥にある背景を読む

ここで、事例を一つ紹介します(架空事例)。

ALSが進行し、精神的にも不安定な65歳の女性・Oさん。複数の訪問看護事業所に対して、たびたび苦情がありました。「看護師にいつも“おばあさん”と呼ばれ、名前で呼ばれたことがない」「予定より早く来られたのに連絡がなかった」——。

「クレーマー」と切り捨てるのは簡単です。でも、背景を考えるとどうでしょう。

  • まだ65歳。自分を高齢者と思っておらず、「おばあさん」と呼ばれることが不快なのかもしれない
  • 予定外の来訪が、大きなストレスになっているのかもしれない
  • 前もって声をかけてほしい、という切実な願いがあるのかもしれない

苦情を「利用者を理解する機会」と捉え直すと、見える景色が変わります。援助者が気づかなかったニーズが、苦情の中に隠れていることがあるのです。だからこそ、事例検討でこうした背景を掘り下げ、関わりの方向性をチームで共有する。それが、次の苦情を防ぐいちばんの近道になります。

6. 管理者の役割——苦情を「仕組み」で受け止める

個人の対応力に頼るだけでは、苦情はいつか大きなトラブルになります。管理者の仕事は、苦情を組織として受け止める仕組みをつくることです。

  • 方針を徹底する:「苦情をサービス向上に活かす」という組織の姿勢を全員で共有する
  • マニュアルを整備する:初期対応の型を決め、誰が受けても一貫した対応ができるようにする
  • 事例検討で学びに変える:起きた苦情を振り返り、背景を読み解き、再発防止と質の向上につなげる

苦情は、事業所にとって耳の痛いものです。けれど、苦情が届くのは、まだ関係が続いている証拠でもあります。声を上げず、黙って去っていく利用者のほうが、実は多いのですから。

7. まとめ

  • ✅ 苦情は攻撃ではなく、利用者からのメッセージ。多くは「期待」と「現実」の食い違いから生まれる
  • ✅ 「苦情」は心理的補償(わかってほしい)、「クレーム」は実質的補償。取り違えない
  • ✅ 対応の出発点は解決策ではなく傾聴。逃げない・言い訳しない・最後まで聴く
  • ✅ 軽視・担当者探し・感情的・人任せ・曖昧、の5つはやらない
  • ✅ 「クレーマー」の奥にある背景を読み、利用者を理解する機会に変える
  • ✅ 管理者は、苦情を個人任せにせず「仕組み」で受け止める

次回予告|シリーズ「訪問看護の管理者ノート」第4回

事故が起きたとき——「謝罪」と「共感の表明」

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シリーズ「訪問看護の管理者ノート」(全5回)

  1. 訪問看護の管理者は何をする人?法制度で読み解く6つの役割
  2. 「医学モデル」から「生活モデル」へ——新人訪問看護師が“ゆらぐ”理由
  3. 苦情は「クレーマー」ではなく利用者からのメッセージ(この記事)
  4. 事故が起きたとき——「謝罪」と「共感の表明」
  5. 自己犠牲では続かない——「活私利他」という私たちの経営理念

利用者・ご家族の声に、丁寧に向き合う訪問看護を

レスピケアナース(福岡市南区)は、苦情や不安の背景にある「本当の気持ち」に耳を傾けることを大切にしています。医療依存度の高い方の在宅療養を、ご本人・ご家族に寄り添って支えます。

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出典・参考資料

  • 山田真理子「訪問看護ステーションの管理者の役割」(株式会社アイランドケア 常務取締役/在宅看護専門看護師)
  • 全国訪問看護事業協会編『事故事例から学ぶ訪問看護の安全対策 第2版』日本看護協会出版会、2013年
  • 株式会社ウイネット「ケア・コミュニケーション」(医療・介護現場向けコミュニケーション教材)